大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)260号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四六年一二月二日、別紙目録に示すとおり、白抜きで赤色に塗り潰した円形地内の下部にキャップを描き、その中央上部を右手の親指で下圧した図にプロテクターの図を配置した図形から成る商標(以下「本願商標」という。)について、指定商品を第一八類「ひも、綱類、網類、包装用容器」として登録出願し、その後、昭和四八年一〇月一六日、これを昭和四五年商標登録願第九四七五二号商標と連合する登録出願に変更し、更に昭和五二年一一月二五日、指定商品を「缶のふた」と補正したが、昭和五三年六月一五日拒絶査定された。

そこで、原告は、昭和五三年八月一七日、審判を請求し、昭和五三年審判第一二八九五号事件として審理された結果、昭和五六年九月一日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がされ、その謄本は、同月一九日原告に送達された。

2  審決の理由の要旨

(一) 本願商標は、別紙目録に示すとおりの図形より成り、「缶のふた」を指定商品とするに至つた経緯は前項記載のとおりである。

(二) これに対し、出願についての拒絶の査定は、「本願商標は、缶のB形口金(ねじなし、日本工業規格Z―一六〇七―一九五九金属板製口金参照)に用いる『ふた』の図形と、この中央上部を右手親指で押している図を、赤色に塗り潰した円中に白抜きに表わしたものであるから、この商標は、指定商品中前記に照応する商品(B形口金)に使用するときは、単に商品の品質、使用の方法を示すに過ぎない。したがつて、商標法第三条第一項第三号の規定に該当し、前記商品以外の商品に使用するときは、商品の品質の誤認を生じさせるおそれがあるから、商標法第四条第一項第一六号の規定に該当する。」とした。

(三) 按ずるに、油脂、石油、塗料などの容器として一般に用いられるカンの金属板製口金には、口金のフタをネジによりとめるもの(A形という。)と、口金のフタをその周囲の弾性部によりとめるもの(B形という。)とがあつて、B形は更に封印冠をするものであることは、たとえば、一九七七年一〇月二〇日財団法人日本規格協会発行「JISハンドブック物流・包装一九七八」第三九五頁「金属板製口金(かん用)Z一六〇七―一九五九」の項の記載によつても、これを認めることができる。

ところで、本願商標は、別紙目録のとおり、赤色にて塗り潰した円形状の地内に口金のフタをその周囲にある弾性部によりとめるいわゆるB形の金属板製口金の使用方法を白抜きして図示されたものであるが、このように、特定の色彩で塗り潰した地内に図形を白抜きで表わす表出方法は、該図形の印象的効果を喚起せしめるために、普通に用いられる手法である。

しかして、前記のとおり、そこに表示された図形は、容器の開封方法を図示するものとしては決して珍らしくなく、むしろありふれたものであることは、各種商品のキャップの開封方法を図解したものに徴しても、容易に推認されるところである。

結局、前記のような構成から成る本願商標は、これを指定商品中B形の金属板製ふたに使用したときには、これに接する取引者、需要者は単に商品の品質、使用の方法自体を図形をもつて表示したものと理解するに止まり、自他商品の識別標識とは認識しえないものといわざるをえないものであり、かつ、上記商品以外の商品、たとえばA形の金属板製ふたについて使用したときは、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものとするのが相当である。

したがつて、本願商標は、商標法第三条第一項第三号及び第四条第一項第一六号の各規定に該当し、登録することができない。

なお、請求人(原告)は、本願商標が同人の取扱いに係る容器のふたを表わすものとして、取引者、需要者間に広く知られているものであるから、本願商標は商標法第三条第二項の規定により登録されるべきものである旨主張し、審査手続において、証拠を提出するとともに、その補強をするものとして昭和四六年ないし昭和五一年の缶キャップの年度別販売数量を明らかにした。

しかしながら、請求人の提出した証拠を子細に検討すると、証拠の証明書中において、使用された標章として示されたものと、本願商標として示されたものとは、色彩において相違するものであり、それに加え、提出の証明書をもつてしては、本願商標が自他商品識別の機能を果たす商標として使用され、かつ、その結果請求人の業務に係る商品を表示するためのものとして取引者、需要者間に広く認識せしめる程度に至つているものとは認め難いものであり、請求人(原告)の主張は、採用できない。〈以下、事実省略〉

理由

一請求の原因1、2の事実については、当事者間に争いがない。

二そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。

本願商標は、別紙目録に示すとおり、缶のB形薄板製口金(キャップ)の「ふた」とその左側にプロテクターの図を配し、「ふた」の中央上部を右手の親指で押している図形とを赤色に塗り潰した円形地内に白抜きで表わした構成であり、指定商品を「缶のふた」とするものであることは、当事者間に争いがない。

本願商標の構成が前記のとおりであることからして、本願商標がB形の薄板製口金(キャップ)に付されて用いられた場合には、一般の需要者は、そのキャップの開封方法を図示したものと理解するのが普通であり、右の使用方法が、赤色に塗り潰された円形地内に白抜きで表示されていても、これは使用方法を普通に用いられる方法で表示したに過ぎないとみざるをえないから、本願商標は、その構成に照らし、他人の業務に係る商品からそれが付され個別化された商品を識別するための商品識別標識とは認識し難く、むしろ、その使用方法を示すところの記述的表記と理解されるものとみるのが相当である。

ところで、原告は、本願商標もしくはこれとほぼ同一の図形を長年に亘つて使用してきた結果、需要者はこれが付された商品を原告の業務に係る商品であると認識できるから、本願商標には商標法第三条第二項の規定にいう使用による特別顕著性がある旨主張する。

〈証拠〉を総合すると、つぎの事実が認められる。

原告は、昭和四一年六月二〇日に意匠に係る物品を「包装用容器のふた」として本願商標とほぼ同一の図形について意匠の登録出願をし、昭和四五年一月一三日にこれが意匠登録されたことから、昭和四五年ころから右図形を原告のいわゆる社標としても用いることとし、同社のパンフレット、用箋、封筒などにも印刷して用いることになり、同年九月三日には、前記意匠登録された図形とほぼ同一の図形からなる標章について指定商品を第一八類の金属製包装用容器などとして商標の登録出願をするとともに、昭和四六年四月ころからは、本願商標をキャップの上面に印刷したB型の金属板製口金(キャップ)の製造販売を始め、以後もこれを製造して、主に製缶業者に継続的に販売してきたことからして、少なくとも原告の同業者である各種缶口金製造販売業者及びこれとの関連業者である製缶業者、金属印刷業者並びに製缶業者と継続的な取引関係があるものと推認される塗料、醤油などの製造業者の間においては、本願商標を上面に印刷したB形の金属板製口金(キャップ)が原告の製造販売に係るものであることがほぼ、知られていること。

しかしながら、前掲各証拠を総合すると、原告が本願商標を付して製造販売する「缶のふた」は現在までのところ、専らB形の金属板製口金(キャップ)に限られ、かつ、その販売先も主に前記のような製缶業者などの大口需要者に限られていること及び本願商標の指定商品が右の業者などのほかに、広く一般の需要者についても取引の対象とされていることが認められ、しかも、本願商標が前記の如くB形の薄板製口金(キャップ)の開封方法を図によつて説明したものと容易に理解されうる構成のものであることを勘案すると、〈証拠〉によつても、いまだ、広く一般の需要者の間に本願商標が、原告の製造販売する商品を他の業者の商品と識別するための標識として、認識される程度に知られるにいたつているものとは認めることができない。

そうすると、本願商標は、一般の需要者にとつて、いまなお、商品の自他識別標識とは理解されず、むしろ、その図示の内容に即してキャップの開封方法を示したものと理解されることを否定することができない。

結局、本願商標については、これが使用によつて「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる」程度に一般の需要者間において顕著になつたものとはしえず、本願商標について商標法第三条第二項の規定に係るいわゆる使用による特別顕著性ありとする原告の主張は採用できない。

右と同旨の判断をした審決は正当であり、審決に原告主張のような違法の点はない。〈以下、省略〉

(荒木秀一 舟本信光 舟橋定之)

別紙目録

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例